AI で小説を書くことは間違いなのか?シンセと作曲の関係から創作における AI の役割と限界を考察!

AI で書かれた小説はアートなのか、それとも偽物なのか。シンセが音楽を変えた歴史を手がかりに、「作者」とは何か、創作における AI の役割と限界を掘り下げる。The New Yorker の論考を翻訳・紹介します。

本日翻訳して紹介するのは、Joshua Rothman によるコラムです。the New Yorker の web 版に 4 月 3 日に投稿されたものです。タイトルは、” Is It Wrong to Write a Book with A.I.? “(AI を使って本を書くのは間違っているのか?)です。スニペットは、”The nature of authorship isn’t as straightforward as it seems.(著作権の本質は、見た目ほど単純ではない。)となっています。Rothman スタッフライターでウィークリーのコラム Open Questions を担当しています。様々な視点から世相を斬っています。

さて、今回翻訳したコラムは、AI 生成を使って小説を書くのは問題ないかということについて論じています。先日、アメリカでは AI 生成に頼った小説が騒動を巻き起こしていました。ミア・バラード( Mia Ballard )が書いたホラー小説「シャイ・ガール( Shy Girl )」が AI で生成されたことが判明し、版元が出版を中止しました。この小説は冒頭の 1 行目から AI 生成が丸わかりです。レトリック的に美しくないのです。

しかし、この小説の読者からの評価は高いのです。それは、着想、プロット、アイデアが素晴らしいからです。それらが作者のオリジナルであるなら、AI の力を借りるの問題はないのではないか?ということをこのコラムは問うています。これは、難しい問題です。しかし、シンセやパソコンを使って作曲する例を出して分かりやすく説明されています。案外、問題ないのでは?と思ったりします。是非、和訳全文を読んでもらいたいと思います。

和訳全文を掲載する前に要約を載せます。要約を読んで興味を持たれた方は和訳全文をご覧下さい。

要約

  • テクノロジーと芸術の歴史的背景
    • 1980年代のドラムマシン(TR-808)の普及時も、現在のAI同様に「魂がない」「仕事を奪う」といった批判が噴出した 。
    • しかし、結果として新ジャンルを生み、ツールそのものではなく「どう使うか」が芸術の本質であると証明された 。
  • AI生成作品の現状と課題
    • AI生成が疑われ出版中止となった『シャイ・ガール』のように、単調なリズムや過剰な形容詞といった「AI特有の不自然さ」が批判の対象となっている 。
    • 一方で、プロットの面白さで読者に支持される例や、AIを駆使して「小説工場」のように大量生産し収益を上げる作家も現れている 。
  • 書くことの本質と未来
    • 音楽や映画に比べ、純文学(真の文章)では依然として「著者個人による執筆」という伝統的な美徳が重視される領域である 。
    • テクノロジーに限界がなくなる中、あえて自らに限界を設け、葛藤の中で表現を追求する「自制心」こそが、アーティストに求められている 。

以上、要約でした。以下に和訳全文を掲載します。興味のある方は是非お読みください。