AI で小説を書くことは間違いなのか?シンセと作曲の関係から創作における AI の役割と限界を考察!

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 だが、AI がドラムマシンと別の道をたどる可能性もある。AI は普通のツールではなく、芸術的な創作生活にはふさわしくないと結論づけられるかもしれない。このところ話題となっているホラー小説「シャイ・ガール( Shy Girl )」はそのことを示唆しているのかもしれない。このミア・バラード( Mia Ballard )による小説は、少なくとも部分的に AI によって生成されたことが明らかになり、販売中止となった。パパ活男性に「ペット( pet )」として監禁された若い女性を描いている。当初は自費出版だったが、オンラインで多くの読者を獲得し、出版社のアシェット( Hachette )社が版権を獲得した。数カ月前から、一部の読者が文章がいかにも AI 生成されたもののようだと指摘するようになった。彼らによると、文章は際限のない形容詞や比喩で重苦しく、チャットボットのような単調なリズムとトーンを持っているという。AI 検出会社のパングラム( Pangram )社は「シャイ・ガール」を分析し、78% が AI によって生成されたと断言した。著者のバラードは、原稿を渡したフリーランスの編集者のせいだと主張する。彼女の同意なしに AI に原稿を通した可能性があると示唆した。最終的に、アシェット社は出版を中止した。

 上のような顛末だけを聞かされると、IT に精通した多くのオンライン調査員が「シャイ・ガール」の生成的な性質を徐々に暴いていく探偵物語を想像するかもしれない。しかし実際は全く異なっていて、この小説は冒頭の 1 行目からして AI 生成が疑われる。冒頭は下の文章である。

・・・冒頭の文章の抜粋・・・

私はピンクのドレスを着ている。柔らかさを約束しながら、実際は全くそうではないドレスだ。チュール布は脆くて鋭く、まるで無数の小さな歯のように私の毛皮を撫でる。動くたびに噛みつく残酷な恋人のようだ。引っ掻かれるたびに、私はその場に留まらざるを得ず、自分が何者なのかを思い知らされる。ペット、見られるため、褒められるため、命令されるために存在する物なのだと。

・・・抜粋終わり・・・

 シンセサイザーの音やリズムに慣れ親しんでいる者と同様に、AI に慣れている者ならここまで読めば AI による生成であることを瞬時に認識するだろう。「シャイ・ガール」は、いかにも自動生成された作品のように感じられる。作者が独自のパターンをプログラミングすることに失敗したとしか思えない。つまり、シンセサイザーにプリセットされているサンバやチャチャチャを聴かされているのと同じである。多くの者にとって、これが AI を使って小説を書くことに反対する最も明白な理由である。つまり、単純に文章が心地よくないのである。

  しかし、小説の価値は文章の巧みさだけにあるわけではない。Amazon では、「シャイ・ガール」は、5 段階評価で 4 つ星を獲得している。数百人のレビュアーの意見に基づく評価である。多くのレビュアーが、作品の前提やアイデアを高く評価している。これらを形作ったのは、AI ではなく作者の意思決定であると考えるのが妥当である。ちなみに、あるレビュアーは、この小説が AI 生成疑惑で論争を巻き起こしていることを知っているが、とても気に入ったと記している。「前提に引き込まれた」と書いている。大局的に見れば、多くの小説は拙い文章で書かれている。それでも多くの読者に受け入れられるのは、音楽と同様に、フィクションは寛容な芸術形式だからである。良い曲がグルーヴィーなビートを持ちながらもメロディーは凡庸な場合がある。フィクションも一部の構成要素では成功していても、他ではそうでないことがある。部分的な成功でも十分で、要は、読者が心を動かされる何かがあれば良いのである。それは、例えば、スリルとサスペンス、美しさ、リアリズム、ファンタジーかもしれないし、あるいは、読者が自分自身を重ね合わせられる共感できる主人公を見つけられることかもしれない。

 フィクションを創作する営みはいくつかのレイヤーに分けることができる。つまり、前提、筋書き、文体など、ある程度分離可能である。さて、それらの全てが同一人物によって為されなければならないのだろうか?この問いには、様々な分野で活動する多くの作家が既に答えを出している。彼らはしばしばグループやチームで活動する。ジェームズ・パターソン( James Patterson )は、アメリカで販売されるハードカバー小説の 17 冊に 1 冊を執筆している。彼は、共同執筆者たちに詳細なアウトラインや構成案を提供している。それが彼の「小説工場( novel factory )」の稼働を可能にしている。彼は同時に 30 ものプロジェクトを監督し、年間 15 冊の本を出版する。このやり方をしている彼を、純文学の領域から完全に排除すべきと非難する者も少なからずいる。パターソンが本当に作家なのか疑問視する人もいるだろう。しかし、私たちがある作品の作者が誰であるかを考える時、私たちの考え方は時と場合によって異なる。それについて暗黙の了解が存在しているわけではない。ブッカー賞( Booker Prize )受賞作を読む時には、すべての言葉が著者によって書かれたと期待する。しかし、新聞や雑誌の記事を読むときは、筆者と編集者の両方が役割を果たしたと考える。私たちは、脚本制作を複数の脚本家に任せる一流テレビ番組の製作総指揮者( showrunners )をしばしば称賛する。脚本家がアカデミー賞最優秀オリジナル脚本賞( Oscar for Best Original Screenplay )を受賞した場合、「オリジナル」の意味は脚本が翻案ではないという意味に過ぎない。クレジットされているか否かにかかわらず、多くの者たちが最終的な作品に貢献している可能性がある。映画のように、それ自体が本質的に共同作業である大規模プロジェクトの一部である場合、私たちは脚本家同士のコラボレーションに対してより寛容になるのかもしれない。しかし、大規模プロジェクトが、1993 年から続いているパターソンの「アレックス・クロス( Alex Cross:既に35巻まで刊行されており、Amazon Prime Video でシリーズ化されている)」シリーズだったらどうだろうか? 1 人でこれほど多くの本を書くことは不可能である。まさしく、工場が必要となる。

 作家が AI を使って独自の執筆工場を立ち上げるのは、もはや避けられないことのように思える。2 月にタイムズ紙( the Times )のアレクサンドラ・アルター( Alexandra Alter )記者は、匿名ロマンス小説家コーラル・ハート( Coral Hart )にインタビューを行った。ハートは AI ツールを使って数百冊もの小説を高速執筆し、数十ものペンネームで Amazon で自費出版している。ハートがシステムを起動させると、45 分で草稿が完成する。例えば、「牧場主が過去から逃げてきた都会の女性に恋をする」話などである。あとは人の手でチョロっと校正すれば必要な原稿が完成するレベルである。彼女の小説はどれもベストセラーにはなっていないものの、アルター記者の報道によると、彼女はこの方法で「 6 桁の収入」を得ているという。AI を活用したロマンス小説家を目指す人向けのオンライン講座も開いている。この話が示唆する未来は、非人間的で産業規模のフィクション制作の世界である。作家が製作総指揮者となり、AI ライターのチームを監督するのである。もちろん、1 つのリスクは、こうしたフィクションの読者が、自分が読んだ作品の制作に誰が、あるいは何が関わっていたのかを必ずしも知ることができないことである。読者が無意識のうちに読む時に参考にしている情報が十分に得られない可能性がある。伝えられるところによれば、アマゾンはハートに AI の使用状況について開示を求めているが、彼女は開示しないこともある。

 しかし、フィクションの大量生産を可能にすることだけが AI の利点ではない。それは、あなたの目標と視点によって大きく異なる。私は凡庸なアマチュアのミュージシャンであるが、間違いなくテクノロジーによって生産性が向上した。2 オクターブの MIDI キーボードだけを手にコンピューターの前に座れば、作曲の手順を猛スピードで進めることができる( MIDI キーボードとは、音を鳴らす命令の MIDI 信号を送るための鍵盤型コントローラー)。1 日に 2 曲の新曲を Spotify にアップロードし、1 週間でアルバムを 1 枚作ることも可能である。しかし、私はそういうことはしていない。そうではなくて、音楽テクノロジーを使って、自分が目指す場所にたどり着こうとしているのである。私は自分の曲を聴衆の前で演奏することはできない。ピアノで 12 小節をミスなく弾くことすらできないのだから。そもそも、それは私の目的ではない。ただ、頭の中に浮かんだ音のイメージを完成させて、それを聴いてみたいだけなのである。大げさに言えば、私はビジョンを形にしたいだけなのである。

 おそらく、多くの作家志望者も私と同じ様なことを望んでいると推測する。彼らはアイデアを持っていて、それを実現したいと思っているが、それができない。彼らには、後押し、補助、テンプレート、粗い草稿が必要である。素人同然のアーティストがプロのレベルに成長していく際に、当然のことながら、私たちは彼らの作品に彼らの「真の能力( real capabilities )」がますます反映されるようになることを期待する。しかし、真の能力とは何なのだろうか?オーディオソフトウェア会社スピットファイヤ( Spitfire )を通じて、数々の受賞歴のあるアイスランドの作曲家オーラヴル・アルナルズ( Ólafur Arnalds )は、オーラヴル・アルナルズ・セルズ( Olafur Arnaldes Cells )というツールを提供している。弦楽オーケストラのソフト音源(バーチャル・インストゥルメント)を自由に使える。特徴的なのは、作曲作業中のあなたの調性( tonality )に追随してハーモニーが奏でられることであり、まるで同じ部屋でオーケストラが演奏しているような臨場感を生み出す。それは新しいメロディーを生み出す際にインスピレーションを与えてくれる。他にも多くの種類のプロのミュージシャンの作曲を支援するツールが存在している。それらを使えば、即興のアイデアを完成した作品に変えることが可能である。セルズ( Cells )によって生成される弦楽器の音は素晴らしく、まるで映画館にいるような臨場感を味わえる。セルズは AI ではないが、それに近いものである。これは音楽の本質を破壊しただろ

」うか?いや、まったくしていない。