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私は 28 歳で血液専門医( hematologist )の訓練を受けていた時に、高熱、息切れ、乾いた咳などの症状が出た。入院して胸部レントゲン検査を受けた。通常なら透明なはずの肺に、すりガラス状の陰影が見られた。ある種の肺炎に特徴的な症状である。マイコプラズマ( mycoplasma )という細菌による細菌性肺炎と診断された。治療を受けるうちに、侵入してきた細菌の脅威に対処するための抗体が体内で産生され、徐々に回復した。
感染症と闘う抗体の概念を始めて提唱したのは、ドイツの先駆的な医師パウル・エールリヒ( Paul Ehrlich )である。1891 年のことである。長い間、人間の身体は将来必要となる可能性のあるすべての抗体に対応するあらゆる種類の遺伝子を持っているはずだと考えられていた。しかし、私が肺炎にかかるわずか数年前の 1970 年代に、この考えは覆され始めた。そのきっかけとなったのは、後にノーベル賞を受賞した日本の分子生物学者利根川進( Susumu Tonegawa )による一連の実験である。人間の適応免疫系( adaptive immune system )が遺伝子変異に依存していることを初めて示したのは利根川である。
感染時には異物が体内を循環する。抗原( antigens )である。この侵入を感知し、これを無毒化(中和)するために、B リンパ球と呼ばれる細胞は、Y 字型の特異的なタンパク質である抗体を幅広く産生し放出する。抗体の先端には抗原を捕捉する部位がある。利根川が発見したのは、リンパ球でのみで起こる一種の突然変異のメカニズムである。私が病院に横たわっている間、骨髄から血流に放出された B リンパ球が脾臓とリンパ節で成熟し、私の DNA はまるでトランプのカードのようにシャッフルされていたのである。病原体は私の体にとって未知のものである。私の DNA の断片が移動し、再構成される。免疫学的な切り貼り作業を経る。つまり、不要な断片が除去され、必要な DNA 断片がつなぎ合わされる。この工程によってマイコプラズマと戦うことができる特異的な抗体を産生できる新しい DNA 配列が作られる。抗体産生に関わっているのはヒトゲノムのごく一部だけであるが、この断片が新しい方法で組み換えられる可能性はほぼ無限である。カムシによれば、人は誰でもそれぞれ独自の形状を持つ最大 100 京種類の異なる抗体を産生できるとのことである。
稀に、変異した DNA が自身の身体の組織を攻撃する抗体を生み出すことがある。モザイク免疫システム( mosaic immune system )が健康な細胞を攻撃するという異常な作用が、自己免疫疾患( autoimmune disease )の根本原因である。カムシの推定によれば、欧米諸国では 5 ~10% の人が何らかの自己免疫疾患を発症するという。その疾患は、セリアック病( celiac disease )から 1 型糖尿病( type 1 diabetes )、ループス( to lupus )まで多岐にわたる。実際、私が肺炎にかかった際にも、まさにこのようなことが起こった。マイコプラズマ菌と戦うために体内で生成された抗体が体内の赤血球を破壊し、一時的に貧血状態になった。
それでも、カムシが体細胞変異の有益な側面を強調している。これは、彼女の著書の中で最も印象的な要素の 1 つである。ある章では、遺伝性疾患を持つ者が、その疾患を軽減する細胞を自発的に生成する変異について記している。カムシはこの現象を自動修正機能( autocorrect function )に例えている。最近の研究で明らかになったのだが、デュシェンヌ型筋ジストロフィー( Duchenne muscular dystrophy )では、この現象が見られることが多い。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは遺伝性の変性性筋疾患( degenerative muscular disease )で、筋肉の安定化に不可欠なジストロフィン( dystrophin )と呼ばれるタンパク質に欠陥が生じるように遺伝子が変異する。その結果、筋肉は収縮による摩耗によって徐々に萎縮・低下していく。罹患した子供は幼少期に歩行が困難となり転倒しやすくなる。思春期には多くが車椅子生活となり、心臓や呼吸を制御する筋肉に影響を与える合併症により、成人期早期に死亡することが多い。
しかし、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの子供の筋肉組織を調べた研究チームは、正常なジストロフィンを生成できる健康な細胞を検出した。これは遺伝性の変異を体細胞変異が自己修復している証拠である。場合によっては、自己修復した細胞が子供の発達の早い段階で現れ、臨床的に意味のある違いをもたらすことがある。例えば、この病気を発症した若い男性の 1 人には、同じ病気の叔父が 3 人いた。3 人とも若くして亡くなった。この若い男性もこの病気に伴う進行性の筋力低下を経験したが、それは主に左半身に影響を及ぼした。彼の DNA を分析したところ、右半身の細胞の約 4 分の 1 に、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異を克服する変異があったことがわかった。
自己修復は、チロシン血症( tyrosinemia )と呼ばれる他の遺伝性疾患でも観察されている。チロシン血症では、変異した酵素によって体内で特定の食物タンパク質を処理することが困難になる。有害物質が蓄積し、腎臓や肝臓を破壊し始める。この疾患を持つ乳児は、治療を受けないと臓器不全で死亡することが多い。しかし、一部の患者の肝臓には、有害物質を分解できる酵素を生成する細胞の集まりが見つかっている。彼らの肝臓は遺伝的モザイク状態( genetic mosaics )になっている。
遺伝的に受け継いだ有害な突然変異が自然に修復された事例も報告されている。その一例が、テキサス州のある男性である。重度の知的障害と自傷行為(指や唇を噛む、頭をぶつける、目を突くなど)を引き起こすレッシュ・ナイハン症候群( Lesch-Nyhan syndrome )に関連する遺伝子を持っていた。しかし、この男性は知能は正常で、自傷行為への衝動も全くなかった。分子解析の結果、体内の変異細胞が、遺伝的に受け継いだ有害な遺伝子を正常な状態に戻していたことが判明した。
また、稀な免疫系の異常による男児特有の免疫疾患を持つ「バブルボーイ症候群( bubble babies )」と呼ばれる症例もある。彼らは十分な抗体を産生したり免疫細胞を動員したりできない。そのため、微生物から身を守るために、無菌の保護バブルの中で生活しなければならない。これらの子供たちは、骨髄移植によって免疫系を再構築しない限り、幼くして亡くなる。しかし、ある研究チームは、移植を受けずに成長するにつれて容態が改善した 2 人の男児を見つけた。そのうちの 1 人は、16 歳になる頃には免疫細胞の半分が正常になり、20 歳になる頃には医学的に全く問題がない状態になったことが判明した。
カムシは、自己修復を起こした患者の細胞間では、何らかの生存競争( Darwinian competition )が働いていると推測している。バブルボーイ症候群の男児の正常に戻った細胞は、欠陥のある細胞を置き換えているように見える。カムシは「遺伝性疾患の患者における自己修復細胞は、生存上の利点を持っている可能性がある」と記している。この考えは、彼女が引用する別の症例によって裏付けられている。その症例の患者は、表皮水疱症( epidermolysis bullosa )という遺伝性の皮膚疾患を患う 20 代後半の女性である。この疾患は重度の水疱を引き起こし、剥がれた皮膚に微生物が侵入することで致命的な感染症につながる可能性がある。この女性には、この疾患の合併症で若くして亡くなった兄弟がいた。しかし、彼女自身は回復に向かっているように見えた。彼女の手は炎症を起こし、赤い潰瘍で覆われていたが、滑らかで炎症の兆候が全く見られない部分もいくつかあった。その割合が比較的高かった。観察した医師が患部の皮膚を優しくこすると水疱ができた。健康な部分はそのような摩擦をものともしなかった。その患者の皮膚には、幼い頃から滑らかで正常な部分が小さな斑点のように散在していたという。それらの斑点の中には大きさが変わらないものもあったが、成長するにしたがって拡大したものもあった。医療チームが彼女の細胞を実験室で培養して調べた。健康な皮膚細胞が病変細胞よりも優位に働くという選択的優位の兆候が見られた。
これは自己修復の明確な症例であったが、さて、この自己修復はどのようにして起こったのだろうか?1 つの説は、太陽からの紫外線が鍵だったというものである。太陽光に当たると DNA の突然変異が誘発され、皮膚がんを引き起こす可能性がある。これが、私たちがビーチで日焼け止めを塗る理由である。しかし、この患者の場合、太陽光が体細胞突然変異を引き起こし、細胞を救ったのかもしれない。カムシは、このような患者は事実上「自然遺伝子治療( natural gene therapy )」を受けたのと同じであると主張している。