なぜ私たちは顔に支配されるようになったのか?鏡から AI 監視までの衝撃史!

5.

 それは私が顔に求めるものではない。私は、顔が揺れ動き、抵抗し、そして魅惑的であってほしいと思っている。ふと、ピーター・ヒュージャー( Peter Hujar )が 1975 年に撮影した写真が頭に浮かんだ。詩人であり舞踊評論家でもあるエドウィン・デンビー( Edwin Denby )が 72 歳の時に撮った白黒の有名なポートレート写真である。目を閉じて瞑想しているような姿を捉えた作品である。デンビーの口元は微笑んでもいないし、しかめっ面もしていない。

 この写真を見ると、デンビーの表情から、彼が疲労やストレス、あるいは動揺を感じているのではないかと想像したくなる。単に世の中に疲れているだけなのかもしれない。しかし、デンビーが晩年にうつ病を患い、数年後に自殺したことを知れば、そこに何らかの苦痛のようなものが見えてくるかもしれない。そして、ヒュージャーという人物を少し理解できるようになるだろう。彼が被写体となる人物の感情に焦点を当てることを好んだことを少しは理解できるだろう。家族写真のように何気なく撮影したわけではないこと、意図して感情を捉えるようにして撮影した写真であることがわかるだろう。この時点で、この写真が最初に投げかけた「この男は何を感じているのか?」という問いは、非常に切実に、あるいはより一層強く感じられることとなる。しかし、その問いに答えようとする試みは、どこにも行き着かない。デンビーは永遠にそこに座り、彼の苦悩は輝きを放ち続ける。

 このイメージにアプローチする別の方法がある。批評家であるデンビーは、偉大なダンサー、ヴァスラフ・ニジンスキー( Vaslav Nijinsky )の表情に魅了されていた。胴体、腕、脚だけでなく、その表情にも未了されていた。「ニジンスキーの顔が役ごとに変化する様は、印象的である」とデンビーは 1943 年に書いている。「表情はメイクによって強調されているが、決してメイクによって作り出されたものではない。実際、彼の友人が指摘したのだが、ニジンスキーの普段の顔を唯一認識できるのは、最も濃いメイクをするペトルーシュカ( Petrouchka )の役を演じている時だけである」。まるで、そのイメージがいくつかの特徴を秘めているかのようだった。ニジンスキーに会った者の多くは、その不思議な顔に魅了された。ストラヴィンスキー( Stravinsky )はニジンスキーについて、「私がこれまで見た中で最も力強い俳優の仮面になり得る」と回想している。性欲に飢えたフォーン( faun:ローマ神話に登場する半人半獣の精霊・牧神)であろうと、命を吹き込まれた木の人形であろうと、ニジンスキーが演じる際の奇妙な魔法の一部は、彼自身から別の人格を引き出すことだった。

 ニジンスキーが統合失調症( schizophrenia )の兆候を示し始めると、この仮面、あるいはペルソナは乱れ始めた。自分の目の中に引きこもっているように見えた。1919 年の 2 カ月間の熱にうなされた期間に書かれた彼の日記には、巨大で黒い目の走り書きがあふれている。彼は自分が監視されていると信じていた。それは彼の人生のほとんどにおいて真実であった。1920 年代後半のある冬の夜、彼はかつての上司であるバレエ・リュス( Ballets Russes )のセルゲイ・ディアギレフ( Serge Diaghilev )によってパリの精神病院から連れ出された。「ペトルーシュカ( Petrouchka )」を観劇した。その公演では、主役は若いセルゲイ・リファール( Serge Lifar )が演じていた。その夜、ニジンスキーはほとんど何も話さなかった。ただじっと見つめていた。そこに居合わせた外交官のハリー・ケスラー( Harry Kessler )は、「彼の大きな目は病気の動物のようだった」と言った。ダンサーのタマラ・カルサヴィナ( Tamara Karsavina )は、彼が彼女の顔を見ようと必死になっているのに気づいた。彼女と目が合った途端、彼は「涙を隠そうとする子供のように顔をそむけた」という。

 その夜のグループ写真が残っている。ショーの主役はリファールだったが、皆の顔はニジンスキーに向けられている。ニジンスキーの視線は舞台の外に向けられている。彼の目と笑顔は大きく見開かれ、右手は空を掴んでいる。この表情は何かを必要としているように感じられる。しかし、それは誰にも理解できないものだった。今、この写真を見ながら、それが確かにそこにあると分かっていても、私には理解できない。そして、フジャールが描いたデンビーの肖像画を改めて見ると、似たようなものが見えてくる。感情に囚われたもう 1 人の男が、世界に顔を見せている。目は閉じられ、表情には緊張感が漲っている。彼がどんな気持ちだったのか、知りたい。知ることが重要に思える。私は目を離すことができない。♦

以上