2.
1X の本社で私を案内してくれたのは、製品・デザイン部門の責任者であり、ボルニッヒの実質的な右腕でもあるダー・スリーパー( Dar Sleeper )である。27 歳にしてスリーパーは、すでに輝かしい経歴を積んでいる。大学卒業後、ファッションブランドの Yeezy に入社し、その後テスラ( Tesla )で工業デザインの仕事に携わった。つまり、彼の最初のボスはカニエ・ウェスト( Kanye West )、2 番目はイーロン・マスク( Elon Musk )だったのである。スリーパーが私に語ったのだが、ボルニッヒは人間的な共感を少し加えればマスクを彷彿とさせる人物になるという。
2024 年、ボルニッヒはスリーパーに、子供を怖がらせないロボットを設計するよう依頼した。スリーパーの最初の試みは失敗に終わった。「基本的に、100 歳以下の人はみんな怖がった」と彼は語る。顔は黒く不気味なほど滑らかだったという。次の試作品では様々な改善が為された。しかし、12 歳以下の子供は怖がったという。彼は顔のパーツを追加したり削除したり、肌の質感を変えたり、眼窩の形状を何百通りも試したりした。最終的に、Neo からできるだけ多くのパーツを取り除き、柔らかい布で覆うことに決めた。「 5 歳未満の子供でさえ気に入っているように見える」とスリーパーは語る。「でも、赤ちゃんはまだ怖がっている」。
スリーパーは私を本社の迷路のような研究開発スペースへと案内してくれた。そこでは 800 人ほどが働いており、組み立て、テスト、研究開発といった業務に従事している。旋盤、金属加工機、3D プリンターのラックが並び、どれも常に稼働していた。安全テストゾーンでは、ゴーグルをつけた多くの技術者がロボットアームに熟したメロンに空手チョップをするよう指示していた。Neo 用のステージング環境( Staging Environment )も通り過ぎた。それは、開発したシステムやソフトウェアをユーザーが実際に利用する環境へ公開する直前に、本番とほぼ同じ構成の環境で動作や表示の最終確認を行うための検証環境である。そこには寝室、浴室、キッチン、畳敷きの道場などがあった。私たちはモーションキャプチャースタジオで立ち止まった。そこでは、ロボットの動きを専用のカメラやセンサーで読み取り、3D データとして記録していた。片隅にお役御免となった 20 体ほどのモデルが打ち捨てられていた。まるで祈りを捧げるかのようにひざまずいていた。
ここはスリーパーが Neo に歩き方を教えた場所である。彼は Neo の歩き方の参考に自分の体を使ったという。スリーパーは身長 6 フィート(約 183 センチ)をはるかに超え、体型はダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図に似ている。近くにいた数名のエンジニアを指さして、スリーパーは「こいつらの多くはこんな歩き方をする」と言って、背中を丸めて小走りする仕草をした。両手は架空のバックパックのストラップを握りしめている。「だけど私は違う。私は大学時代はアスリートだった」と彼は続けた。「実際、私は解剖学的に完璧な走り方をしていた」。
スリーパーは、いわゆる「テック系イケてる男」の典型である。彼は、ミシガン大学ではラクロスに没頭した。カニエ・ウェストがアドルフ・ヒトラーを賛美する投稿を繰り返したことで世界的な批判を浴びたにもかかわらず、彼を「史上最高の創造的天才の 1 人」と評している。しばし彼は私と話し合った。スリーパーが Neo 向けに設計している携帯型バッテリーパックが話題だった。「実は、これは簡単な問題ではない」と彼は語る。私は彼に、シリコンバレーに移住する前に「簡単な問題ではない」という言葉を使ったことがあるか否か尋ねた。「たぶんない気がする」と彼は言って笑った。「そもそも愚痴を言ったことなんて無かった」。
スリーパーは Neo を中心とした世界を築き上げている。彼は社内に木工工房を構えていろいろと作らせている。そこでセット、小道具、家具などをデザインし、Neo が活動する環境を作り出している。1X はこの本社敷地内に、テレビスタジオと森を作る計画である。私が見学した日、スリーパーは Neo のボディスーツを模した、彼自身がデザインした印象的なベージュのセーターを着ていた。
私は長年シリコンバレーについて取材してきたが、それはつまり、一生分の愚痴を聞かされてきたということかもしれない。1X を訪れる前は、Neo についてもガラクタ同然だと断言するつもりだった。同社は数カ月前にソーシャルメディアに派手な動画をいくつか投稿した後、ほとんど更新していなかった。私は Neo が単なる過剰宣伝された架空の製品に過ぎないのではないかと疑っていた。
実際、私はロボット業界全体に疑念を抱いていた。今年 1 月にラスベガスで開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショーには、多くのメーカーから多数のロボットが出展された。どれもごつごつしていて、うるさかった。歩くたびにガタガタと音を立てる。確かに、あるロボットはバク宙を成功させたが、その直後、部品が外れて観客の方へ飛んだ。どれも消費者が使えるレベルには達していないように見えた。
しかし、Neo は違った。まず優雅である。それに柔らかである。何よりも静かである。パッド入りの脚と革新的な腱で、22 デシベルという、そよ風に揺れる木の葉の音とほぼ同じ静けさを実現している。私の心の中には、アメリカ人なら誰もが持っている、深く恐ろしい感情が湧き上がった。消費欲である。私は Neo を家用に買いたいと思った。すぐ欲しい。どうしても、欲しい。
スリーパーは私をキッチンスタジオに案内し、そこで 1 台の Neo が難なく食器をワイヤーラックに並べた。私はこのロボットの器用さと滑らかな動きに感銘を受けた。VR ヘッドセットを装着し、コントローラーを持っている人物が、Neo の横に立っていた。テレオペレーターである。Neo のあらゆる動きを指示していた。私が見ていたロボットは操り人形だったのである。1X は Neo を動かす AI のデモンストレーションを見せることを拒否した。スリーパーは、以前のバージョンの Neo は倒れやすかったと説明する。1X はこの問題をすべて解決した、と彼は言う。しかし、最新モデルは常に直立しているのかとスリーパーに尋ねると、彼は「倒れないと言うのは、かなり無理がある」と答えた。そこで、1X が 2026 年末という注文を入れた家庭への配送期限を守れると思うか、と私は彼に尋ねてみた。彼はためらうことなく「それは私たちが世界に向けてコミットしたことであり、守らなければならない約束である」と答えた。