4.
1X のオフィスを出た後、私は初めて自動運転配車サービスのウェイモ( Waymo )を利用した。ウェイモは清潔で静かで、混雑した高速道路を避けて脇道や側道を走行した。しかし、目的地に到着した後、車は混雑した In-N-Out Burger のドライブスルーレーンに入った。そこは通過するのに 1 時間以上かかることもある。私は苦笑するしかなかった。AI の壮大な失敗を報告すべく準備していたのだが、ウェイモはキビキビと 3 回切り返して U ターンし、待機列から抜け出した。
後になって分かったのだが、このような不確実な状況では、ウェイモは人間のオペレーターに支援を求めることがある。フィリピンから遠隔操作を行うパイロット( pilots )と呼ばれるオペレーターが、車載カメラの映像を監視し、工事現場や空腹のカリフォルニア人の待機車列を警告する。こうしたパイロットは他の業界でも活躍している。例えば日本では、セブンイレブンがロボットアームに自律的に商品補充をさせているが、VR ヘッドセットを装着した従業員が遠隔で操作することもできる。AI が人間のように適切に操縦・判断できるようにするために、熟練した人間の操縦データの活用もしている。ウェイモは少なくとも 50 万時間分の実世界のデータを活用して、自動運転モデルの改良に生かしている。
車の場合は、単に事故を起こさないようにすればいい。ロボットの場合は、物を壊さずに操作しなければならない。1X は以前、マーケティングで遠隔操作を強調していた。しかし、潜在顧客からの反発は大きかった。現在、同社は AI を強調しているが、遠隔操作を放棄したわけではない。1X の賭けの 1 つは、顧客が Neo の目を通して他人が自宅を覗き込んでいる可能性があるという事実を受け入れるかどうかである。ちなみに、サンフランシスコに住む初期購入者の 1 人であるデピュー( DePue )は、見知らぬ人が自宅を掃除するよりも、見知らぬ人がロボットを遠隔操作する方が安心できると主張する。遠隔操作担当者はシリコンバレーにある 1X のキャンパスで AI チームの隣に座っている。Neo の耳の位置にある光るリングの色が変わるので、顧客は遠隔操作されていることを認識できる。「パーティーでロボットにバーテンダーをさせたいなら、当社の遠隔操作を担当するオペレーターを派遣する」とボルニッヒは語る。「そうすれば、当社にとって有用なデータをたくさん収集できる」。
そうしたデータは、産業革命における石炭である。AI 革命にとって不可欠な要素である。AI はデータを意味のある離散的な単位(トークン)に分解して処理している。言語処理では、トークンは数文字を表すかもしれない。ロボット工学では、トークンは指関節に関連付けられた軌跡を表すかもしれない。しかし、大規模言語モデルは、インターネット上のあらゆるオープンなテキストから学習することができる。ダークウェブからテータを入手することもできるし、著作権で保護された著作物を対価を支払わずに利用することもできる。しかし、関節の動きの軌跡に関するデータを収集するとなると、これに匹敵するデータベースは存在していない。合法的なものだけでなく、そうでないものも存在しない。
この問題への 1 つのアプローチは、モーションキャプチャの取り組みを抜本的に強化することである。ドイツのロボット開発企業ニューラ( Neura Robotics )は、1,000 人以上の工場労働者にモーションキャプチャスーツを着させ、これらのデータを使ってヒューマノイドを訓練している。「みんな大騒ぎになるんじゃないかと恐れている。『ああ、ロボットが自分の仕事を奪ってしまう』と懸念する可能性がある」とニューラの CEO デイビッド・レガー( David Reger )は語る。「そんな心配は無用である。私たちは膨大な量のデータを収集しているだけである」。しかし、彼の言葉はヒューマノイドが雇用を奪うという懸念を払拭するには不十分である。そこで、私は彼に問うた。彼の取り組みが成功した場合、労働市場はどうなるかを。彼は姿勢を正し、今後数年のうちにアメリカはこれらのロボットを必要とするだろうと主張した。「労働力は減少すると見込まれている。そして、その影響が随所で感じられるようになるだろう」と彼は言う。「今はまだ感じていないかもしれないが、ヨーロッパではそれが顕在化しつつある。まるで大量の労働者がどこかへ消えてしまったかのようである」。
地球上の全人口がモーションキャプチャースーツを着用したとしても、ChatGPT が学習に使用したレベルのデータ量を収集するには何十年もかかるだろう。別の方法を考えないといけない。YouTube に投稿されたヘッドマウントカメラの動画を使ってロボットを学習させる方法などが考えられる。ちょっとした技術の応用で、こうした「一人称視点」の動画を関節軌道データセットに変換できるはずである。より高度な動画も活用できるだろう。スポーツ観戦や料理番組など、現実世界の体験を三人称視点で捉えた映像からデータを抽出できるかもしれない。
ロボット開発企業の中には、ハードウェアを全く製造しないところもある。代わりに、既存のロボットの現実世界での活動を支援することに重点を置いている。1X の本社から北へ約 2.5 マイル( 4 キロ)のところにあるスタートアップ企業、スキルド AI ( Skild AI )を訪れた。この 2 社は全く異なる。1X のロボットは精巧なハイデザインのオブジェである。一方、スキルド AI の本社のロビーは救急室のようであった。停止した宇樹科技のロボットがクレーンから吊り下げられているのがいくつも見えた。それが横たわってるテーブルもいくつかあった。ストレッチャーに乗せられているのも 1 台見えた。車椅子に載っているのもあった。
そこで私は、スキルド AI の共同創業者であるディーパック・パタク( Deepak Pathak)とアビナフ・グプタ( Abhinav Gupta )に会った。2 人ともカーネギーメロン大学( Carnegie Mellon University )の教授である。スリーパーとボルニッヒが自信に満ちたマーケティング専門家だとすれば、パタクとグプタはシリコンバレーの典型的な起業家像とは一線を画している。世論の圧力に耳を貸さず、自らの技術に対する信念を貫く起業家である。スキルド AI は本社敷地内に森を植えるようなタイプの会社ではなく、実利重視で最先端のテクノロジーを貪欲に開発する企業である。
スキルド AI は「汎用( general purpose )」のフィジカル AI 、つまりどんな身体にも組み込める単一の脳を構築しようとしている。この脳は、人型ロボットだけでなく、切り離された腕、動物型ロボット、車輪付きカートなども制御できるはずである。パタクとグプタはこれらのロボットを蹴ったり、殴ったりしていた。あらゆる嫌がらせをすることに多くの時間を費やしている。ロボットに対してストレステストを行っているのである。彼らが私に見せてくれたのは、1 人の男性研究者がチェーンソーを使って犬型ロボットの足を数本切断するビデオである。犬型ロボットは、数秒後には切断された足のまま歩き始めた。
私には、スキルド AI がロボットをこんな風に扱う理由が分からなかった。余談だが、このチェーンソーの動画にヘアメタル( 1980 年代の派手なロック)が BGM として使われている理由も分からなかった。パサックは、怪我を補う能力は汎用的なフィジカル AI の最も重要な側面の 1 つだと説明した。スキルド AI の作業場には、さまざまなメーカーの組み立て途中のロボットが置いてある。数十台あるが、1 台は頭がない状態で歩き回っていた。見学の途中で、私は犬型ロボットの前で立ち止まった。犬型ロボットの片目は機能しておらず、配線がむき出しになっていた。1 人の研究者がそれを何度も蹴っていた。私も同じように蹴るようにと指示された。
「人間を蹴るように蹴れ」とパタクは言った。
「いや、私は人間を蹴ったことなどないのだが」と私は言った。
「何も考えずに蹴れ」とパタクは言った。
一瞬ためらった後、私は犬型ロボットの胴部分に踵を乗せてから、踵を力強く押し出した。犬型ロボットはショールームの床を転げて寝転ぶ形になった。が、わずか 0.5 秒後には立ち上がり 4 本脚で歩き始めた。
その後、私はパタクとグプタとともに会議スペースへ移動した。彼らは、ロボットの福祉を蔑ろにするような行動をとる理由を説明してくれた。人間の安全への懸念が根底にあるという。思うに、ロボットが人間を 1 回蹴るより、人間がロボットを 1,000 回蹴る方がましかもしれない。ヒューマノイドロボットは、現時点では家庭で使えるほど安全なものではないという。実際、パタクは自分の家にヒューマノイドロボットを置くことを拒否している。「人々は外見を利用して世論を誤誘導している」とパタクは述べる。「ロボットを人間そっくりに作ることで、人間のような能力を持つという期待を膨らませることは可能かもしれない。しかし、現時点では技術はそこまで達していない」。
スキルド AI は資金力のあるロボットスタートアップ企業の 1 つであるが、その資金の多くはデータセンターからコンピューティングパワーを購入することに費やされている。つまり、その資金のほとんどは最終的にエヌビディア( Nvidia )に流れている。時価総額 5 兆ドルのエヌビディアは、世界で最も価値のある企業である。実際、インフレ調整後で比較すれば、エヌビディアは人類史上最も価値のある企業かもしれない。その座を争うライバルはオランダ東インド会社( Dutch East India Company )くらいしかない。エヌビディアの CEO であるジェンセン・フアン( Jensen Huang )は、壮大な野望を抱いている。「宇宙(自然界やあらゆるシステム)に構造が存在する場所ならどこでも、私たちはそれを AI に変換(応用)することができる」と彼は先日語った。
エヌビディアは 2014 年にロボット分野に進出した。当時のことでフアンが覚えているのは、ニューラルネットワークがロボットアームにホッケーのパックを弾くことを教える様子を見て、ロボット AI 市場の将来的な規模をすぐに概算したことである。それからすぐにエヌビディアは、ロボットを訓練するための仮想現実シミュレーターや、ロボットの頭脳に組み込むマイクロチップを売り出した。シミュレーターを使えば、開発者は表面摩擦を実験したり、関節の不具合を確認したり、重力を変えたりできる。初期の取り組みではかなり苦戦したと伝えられている。しかし、エヌビディアはいわゆる「ベンダーロック( vender lock )」と呼ばれる仕組みを確立し、ロボットメーカーをエヌビディアに依存させることに成功した。この記事の取材中に私が出会ったロボットはすべてエヌビディアのマイクロチップで動作していた。すべてエヌビディアのデジタルジム(エヌビディアが提供するシミュレーション環境 )で訓練されていた。
エヌビディアはフィギュア、ニューラ、スキルド AI など多くのスタートアップ企業にも投資している。エヌビディアが自社の顧客に資金を提供し、その顧客がその資金でハードウェアを購入するという構図から、懐疑的な投資家の多くが「循環取引( circular )」であると非難している。2000 年代後半にサブプライム住宅ローン危機時の空売りで有名になった投資家マイケル・バーリ( Michael Burry )は、現在、エヌビディアを含む多くの AI 企業の将来の収益性には懸念があると警告している。ファン CEO はこうした主張をばかげていると一蹴する。投資はエヌビディアの「エコシステム」を拡大するために必要であると主張し、投資を正当化している。
エヌビディアのロボット用マイクロチップは、AI トレーニング用に販売しているものとは仕様が異なる。これらはエッジチップ( edge chip )であり、クラウドやリモートのデータセンターに頼るのではなく、ロボットやデバイスの本体内部で直接 AI などの演算を行う。人間の脳は体内で生成されるエネルギーの約 20% を消費するが、エヌビディアのエッジチップはロボットの電力供給の最大 60% を消費する可能性がある。「バッテリーの大部分を消費するのはモーターではなく、実際には演算処理である」と、アプトロニックの CEO のカルデナスは語る。
しかし、ロボットがより多くの知能を必要とする場合、Wi-Fi 経由でローカルサーバーからそれを引き出すことができる。ロボットの AI は、ほとんどのコンピュータソフトウェアと同様に、インターネット経由で定期的にアップグレードされ、ロボットは毎週賢くなっていく。最も重要なのは、ロボットが集合知を持っていることである。「 1 台のロボットが何かを学習すると、他のロボットも同時に学習する」とボルニッヒは語る。
これは、ヒューマノイドの普及が進むほど、そのスキルの向上速度が上がることを意味する。1,000 台のヒューマノイドロボットがタオルをたたむ作業に投入されれば、互いの失敗から学べる。1 台のロボットよりもはるかに素早く適応することになる。このネットワーク効果は、1X がロボットを家庭に導入することに熱心である理由の 1 つであるかもしれない。「そこには間違いなく、データフライホイールが機能している」とボルニッヒは述べる。
✷訳者注:データフライホイール「 data flywheel 」とは、ユーザーが製品(特に AI やソフトウェア)を利用することでデータが収集・蓄積され、そのデータをもとに AI モデルやサービスが改善され、さらに多くのユーザーが集まってより良質なデータが集まるという自己強化型の好循環(ループ)を指すビジネス・IT 用語。