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ロバート・ケーガン( Robert Kagan )の著書「アメリカが築いた世界( The World America Made )」の中で、歴史上多くの大国が独自の国際秩序を築いてきたと述べる。どの帝国や覇権国も、自分たちの支配やシステムは永遠に続くと信じて疑わなかった。しかし、それらの秩序はいずれもやがて衰退または崩壊した。エジプト秩序、ローマ秩序、ギリシャ秩序、イスラム秩序、ムガル秩序、オスマン秩序などである。過去のどの世界秩序も、歴史の偶然や一時的なパワーバランスなど、非常に不安定な条件の上に成り立っていた。アメリカ主導の秩序も例外ではない。ケーガンが 2012 年に示唆しているのは、アメリカの秩序が永遠に続くわけではなく、いつか必ず終わりが来るということである。崩壊や新たな秩序への移行は、アメリカにとってはまだ見ぬ瞬間であるが、既視感のあるものである。
その時はもう来たのかもしれない。欧州外交評議会のマーク・レナード( Mark Leonard )理事長は、第二次世界大戦後にアメリカが構築し、しばしば自国の利益のために運営してきた国際システムは完全に崩壊し、もはや修復不可能であると指摘する。トランプによる同盟関係の解体は、過去 80 年間の大半においてアメリカが果たしてきた役割を、アメリカ国民が果たそうとする意思がなくなったことを示唆している。
しかし、アメリカの地位低下は必ずしも中国にとって道を開くものではない。今日、どちらかの超大国が世界を支配するという見通しを支持する者はほとんどいない。ヨーロッパ各国は、2010 年代後半に複数の中国の外交官が「戦狼外交( wolf warrior policy )」と呼ばれる好戦的な外交スタイルを試みた頃から、中国共産党に対する見方を硬化させている。迫害された作家などに贈られるスウェーデンの賞が香港の反体制派の作家に授与された際に、中国の駐スウェーデン大使は「我々は友人には美酒を、敵には銃を用意している」と発言した。
近年の欧州各国の不満や不安のほとんどは貿易に関するものである。中国は世界のハイテク製造業を支配することに力を注ぎ、自国内の需要をはるかに超える生産を行っている。電気自動車、太陽光発電、バッテリー、風力タービン、基礎化学品などである。理論的には、こうした過剰生産能力は工場の閉鎖に繋がるものであるし、生産が急増してもいずれは沈静化するものである。しかし、中国政府は失業率の上昇を最も恐れている。社会不安を煽ることに繋がるからである。そのため、製造業に生産を促し続けている。余剰分は輸出され、多くの場合、他国の製造業を危機に晒すほどの低価格で販売される。「これは偶然ではなく、構造的な問題である」と、かつて在中国欧州連合商工会議所会頭を務めたヨルグ・ヴットケ( Joerg Wuttke )は指摘する。
ヨーロッパではそうした不安がますます顕在化している。フォルクスワーゲンは最大 10 万人の人員削減と 4 つの工場の閉鎖を検討している。これは世界の自動車産業史上最大の削減となる。レナードが指摘するのは、中国の産業政策に対する反発が特にドイツでは最高潮に達しているということである。中国がヨーロッパの脱工業化につながる政策を強力に推し進めているという認識が広がっているという。また、メルセデス・ベンツの本拠地であるバーデン=ヴュルテンベルク( Baden-Württemberg )州がデトロイトのようになるのではないかという懸念が広がりつつあるという。多くのヨーロッパの政治家が、ワシントン、北京、モスクワから同時に攻撃を受けていると感じている状況にあり、すべての大国から身を守らなければならないと認識しつつある。
対応策がいろいろと議論されている。緊急時の即席対応のようなものが多い。中国企業が工場を建設したり高額な契約に入札したりするのを阻止したり、あるいは鉄鋼や化学製品に厳しい関税を課したり、中国の技術や科学に関する特許権の効力を停止させて技術的な優位性を守ったり、中国企業の活動を制限することである。こうしたアプローチは総称して「トレード・バズーカ( trade bazooka )」と呼ばれる。一部のエコノミストは、欧州各国は技術革新を推し進めることで競争すべきであると主張する。しかし、貿易以外でも中国に対しては強硬姿勢で臨むべきと主張する者が多い。ドイツは、軍需産業とインフラに最大 1 兆ドルを新規投資すると約束している。ヴットケは述べる。「トランプは西側諸国との同盟関係を断ち切り、ほとんどの国に関税を課している。中国はこれに全く動じていない。だから、重要なのは、中国やアメリカ以外の国々、つまりインドやインドネシアなどとの関係を強固にすることである」。
中国共産党はしばしば「弱者が強者の餌食となる」ような無法な世界について警告する。しかし、実際の中国共産党の戦術は、国内外を問わず無慈悲である。元駐中国大使のニコラス・バーンズ( Nicholas Burns )は語る。「中国はいつも『アメリカ政府は好戦的すぎる』と言う。しかし、好戦的なのはアメリカだけではない。実際には、中国も舞台裏ではアメリカと同様である」。昨年、トランプはパナマに対し圧力をかけた。香港を拠点とする企業から 2 つの重要な港湾施設の管理権を剥奪し、それをアメリカ主導のコンソーシアム(企業連合)に譲渡するよう迫った。この紛争の際に、中国が外国企業の経営者に対し、中国企業の利益を害する違法行為を行わないよう警告を発したと報じられている。こうした警告を無視するのは危険である。実際、過去に地政学的な紛争に巻き込まれた国際的なビジネスマンは少なくない。中国からの出国を禁じられた者は無数にいる。ある欧州の外交官は語る。「このメッセージは非常に明確である。中国は大国であり、その権利や利益を損なう者には誰であろうと報復するという警告である」。これは、何でもかんでもとりあえず脅迫してみるという中国共産党のいつものやり口である。
しかし、中国はほころびが目立ち始めた国際秩序の再構築を急いでいるわけではない。1949 年以降、中国政府は北朝鮮とソ連との 2 国としか正式な同盟を結んでいない。どちらも多大な犠牲を伴った。ブルッキングス研究所( the Brookings Institution )の研究員、パトリシア・キム( Patricia Kim )は、中国政府の姿勢を「中国第一主義( China first )」戦略と呼ぶ。「中国は声明を発表することには積極的だが、危機管理に介入することには全く関心がない」と彼女は語る。「中国はより大きな影響力を持つことを望んでいるが、同時に責任は回避したいと考えている」。中国共産党は、アメリカが世界のリーダーであることに伴う責務の重さを認識している。また、それがアメリカの膨大な支出と衰退の原因であることも認識している。彼女は、「中国共産党はこのモデルを模倣することには全く関心がない」と付け加える。
退役した人民解放軍上級大佐の周波( Zhou Bo )は、同様の指摘をする。しかし、視点が少し違う。「トランプ政権は 66 もの国際機関から脱退した。これを全て中国が埋めることは不可能である」。
つまり、アメリカの秩序に取って代わる次なるものは、中国中心の秩序というよりも、レナードが「無秩序( un-order )」の時代と呼ぶものである。おそらく、あらゆる国が危険回避のために行動し、武装強化し、資金援助をし、囲い込みを行い、利用できるチョークポイント(要衝)を探し求めるようになるだろう。ジャングルのようになる。そこは、法や決まりが通用せず、暴力や力関係だけが支配する、混沌としていて危険な弱肉強食の世界である。デンバー大学の中国研究者である趙遂生( Suisheng Zhao )の言葉を借りれば、それは「万人の万人に対する闘争(ホッブズ的闘争)の始まり」を意味する。