8.
人間の労働力の必要性を減らすことは、中国政府が労働力不足を補う方法の 1 つである。もう 1 つの方法はロボットである。2024 年に中国が設置した産業用ロボットの数はアメリカの 9 倍である。人間と機械の競争はポップカルチャーにまで広がっている。2025 年の前半に、北京でロボットと人間が競うハーフマラソン大会が開催された。多くのロボットがオーバーヒートしたため、人間が簡単に勝利した。しかし、1 年後、細い腕をバランスよく振り回す真っ赤なヒューマノイドロボットが、1 万 2 千人の人間のランナー全員を打ち負かした。世界記録をも上回った。年間で最も視聴されるテレビ番組である「春節聯歓晩会( Spring Festival Gala )」でも、ロボットテクノロジーの目覚ましい進化が、再び盛大かつ広範囲に披露された。ヒューマノイドロボットが行進し、バック宙をし、ヌンチャクを回した。パンダ型ロボットは跳ね回った。中国の視聴者の中には、自分がロボットより劣っていることを認識した者も少なくなかった。ある視聴者はオンラインで、「ロボットだらけの中で、人間を探している」と書いたと伝えられている。しかし、政府の目標は、迫りくる未来への信頼を築くことだった。あるロボット開発企業の責任者は記者に対し、「昨年よりも大幅に優れた業績を上げなければならない」という強いプレッシャーを感じていたと語る。
ロボットが見せる巧みに振り付けされた踊りは、人間が日常生活の中で種々雑多なことに対処することと比べれば、実は格段に難易度は低い。中国のテレビに映るヒューマノイドロボットは見事に同期していた。しかし、事前に準備していた台本から少しでも外れる様な事態が発生すれば、例えば足の動きの軌道がズレたり、人間が送る合図を見逃したりすれば、あの多くのロボットは絡み合った手足の山と化していたかもしれない。李のオフィスで、私は 2 人の研究者が、ロボットに工場内の備品室からいろんな物を取り出せるようにするために、その動作を実演して見せているところを見た。1 人はペットボトル、缶、スナック菓子をかき混ぜ、もう 1 人は VR ヘッドセットを装着し、両手に追跡装置を持って、小さな黄色いヒューマノイドロボットを誘導し、それらをぎこちなく拾い上げさせていた。その訓練は、途方もなく難しそうに見えた。
ロボットの進歩は予想よりも遅いと李は述べる。「チャット GPT が成功したのは、これまで世界中で書かれたほぼすべての文字を吸収したからである」と彼は語った。「人々がロボットにやってほしいタスクはたくさんあるが、十分なデータがない」。近くのテーブルでは、細長い金属製の腕が青い T シャツを折り畳んだり、折り畳み直したりしていた。テクノロジー業界では、洗濯物をたたむことは、その難しさと、それがうまくいったときの世間の熱狂の両方から、「ロボット工学の聖杯( holy grail of robotics )」と呼ばれる。李は、「私たちは 2 つの指標に着目している。ロボットが作業を終える速さ( 30 秒なのか、1 分なのか)と失敗率である」と述べた。失敗の原因はランダム性にある。「服をテーブルに置く方法はたくさんある」と李は言う。「形は毎回違う」。
帰り際、ロビー横のコンビニに立ち寄った。カウンターに 1 台のヒューマノイドロボットが立っていた。青は銀色の光沢が目立ち、両腕は力強そうだった。そのロボットの左側では、ソーセージがクロムメッキのローラーの上で回転し、右側では、鮮やかな色の制服を着た人間の店員が、辛抱強く、そして不思議そうな表情で接客していた。このロボットを製造した企業のガルボット( Galbot:銀河通用機器人)が、このビルにオフィスを構えている。私が目にした多くのロボットと同様であるが、これも実用性と同時に PR 効果を目的として設置されたようである。ロボットは中国語で陽気に挨拶した。「商品を探すお手伝いをしたり、ソーセージや飲み物をお買い求めいただくお手伝いをしたり、場を和ませるためジョークを言うこともできますよ」。
少しの間眺めていると、そのヒューマノイドロボットが「何が必要ですか?」と声をかけてきた。私の後ろには他の客が並んでいた。私が返事をする前にロボットは「少しお疲れのようですね」と付け加えた。実際、私は疲れていた。会議が立て続けにあったからである。ヒューマノイドロボットにどうしてそんな敏感さを持っているのか尋ねる前に、別の質問をしてきた。「お疲れの回復に、バイタリティウォーターバランス( Vitality Water Balance:中国で人気の清涼飲料水)か、香り高いポメロジャスミンティーはいかがですか?」
私は代わりにソーセージを選んだ。「すぐにお持ちします!」とヒューマノイドロボットは言って、左アームをショーケースの中に差し入れた。しかし、ソーセージはロボットの手から滑り落ち、ローラーの間でゆっくりと回転する他のソーセージの間に戻った。ロボットはそのミスに気づかない。左アームを引き抜き、ソーセージのないトレーを私の前に置いて、「左側で会計を済ませてください!」と告げる。隣りにいた店員が気まずそうに笑った。支払不要であると言った。