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中国が未来を自らの手で切り開こうとする願望は、長らく西洋に感じる脅威と密接に結びついてきた。1872 年に清朝( Qing dynasty )の総督、李鴻章( Li Hongzhang )は、「三千年来の大激変」が必要と論じ、中国で変化が起こらなかったことを痛烈に批判した。次のように書き残している。「西洋人たちが高度な銃、大砲、そして蒸気船を頼りに、中国の地で横暴を極めるようになった。中国はヨーロッパよりも 1,000 年早く鉄の鋳造を始めたが、自己満足に陥ってしまった。今こそ、蛮族の長技を学びて以て蛮族を制すべき時である」。
しかし、清帝国は近代化の試みに抵抗し、中国で改革派とされる人物の多くが亡命した。1902 年、改革運動の指導者の 1 人である梁啓超( Liang Qichao )は、憲法、議会、そして海外から学生が集まるほどの技術的威信を備えた数十年後の中国を描いた小説「新中国未来記( The Future of New China )」を出版した。1949 年に毛沢東( Mao Zedong )が権力を握ると、彼は少し転んだ。「政治とテクノロジーは統合されなければならない」と彼は宣言した。それは悲惨な統合だった。毛沢東の大躍進( Great Leap Forward )は、わずか 15 年で中国がイギリスを追い越すという妄想的な試みであった。歴史上最悪の飢饉が引き起こされた。4,500 万人が死亡したと推定される。
1970 年代終盤から、「社会工学(国家による社会の大規模なコントロール)」という幻想が、もう 1 つの大災害を引き起こした。訳者注:ここで社会工学とは、一人っ子政策( One-Child Policy )のこと。中国共産党は、国民一人当たりの年間所得を 800 ドルから 1,000 ドルにすることを目標とした。そのためには、人口増加を管理しなければならないと考えた。このミッションを主導したのは、中国のロケット研究者の宋建( Song Jian )である。当時の中国国内で最先端のコンピューターを駆使して正しい道筋を描こうとした。彼の研究チームは、「問題解決の鍵( key to the entire problem )」は各家庭の子供を 1 人に制限することだと結論づけた。これはかなり突飛な概念だったが、この研究チームは説得する術だけは長けていた。多くの専門家がまだそろばんやポケット電卓を使っていた時代に、彼らは印刷されたグラフや図表で調査結果を説明した。
人類学者であり、中国の一人っ子政策に関する著書もあるスーザン・グリーンハルグ( Susan Greenhalgh )の指摘が秀逸である。宋建の研究チームは政府の役割や身体の神聖さ、私生活の境界線に関する検証されていない政治的判断に基づいた政策であるにもかかわらず、科学的なデータに基づく正しいものであると主張することで、誰も批判できない不透明な状態にすることに成功した。しかし、そもそも科学的なデータが間違っていた。グリーンハルグが書いているように、宋建たちはつぎはぎだらけのデータを継ぎ合わせ、不正確な精密さで少数点以下第 2 位まで予測を広げていたのである。何よりも、彼らは人間社会の複雑さを扱ったことはなく、ただ無生物を扱うことに慣れていただけである。高齢化の加速、労働力や兵力の不足、そして法を執行するために残虐な強制措置が必要になるといった、社会科学者たちが鳴らしていた警鐘に耳を貸さなかった。
その後の 35 年間で、一人っ子政策は 2 億人近い国民の不妊手術と 3 億件以上の人工妊娠中絶につながった。中国は 2015 年に時すでに遅しと気付きつつもこの政策を撤廃した。やめるのが遅すぎたため、取り返しのつかない 2 つのダメージが残った。それは、労働力の激減と、「子供は一人」という価値観の定着である。中国で生まれる子供の数は 1987 年と比べると 3 分の 1 まで減少している。昨年は 800 万人弱で、1949 年に記録が始まって以来最低の出生率となった。アメリカの出生率も 2024 年には女性 1 人当たり 1.6 人まで低下しているが、中国の問題ははるかに深刻である。中国の出生率は現在、1.0 人である。
出生率の低下を食い止めるために、中国は育児支援、税制優遇措置、住宅購入奨励策、不妊治療補助金などを提供した。しかし、どれも効果を上げていない。多くの産科病棟や幼稚園が閉鎖されている。出生率のパターンを研究するイェール大学の社会学者、エマ・ザン( Emma Zang )は昨年中国を訪れた。驚いたのは、若い人たちから「なぜ子供を産むことにしたのか」とよく聞かれたことである。彼女は、子供を産まない根本原因は子育てにかかる費用ではないと気付いたという。根底にあるのは、将来が不確実で投資に見合わないと感じられる中で、親になることはもはや意味がないという確信である。
これほど深刻な失敗を重ねても、中国共産党は国をコントロールする科学技術の力を今なお盲信している。一人っ子政策の悲惨な大失敗によって少子高齢化と労働力不足が顕在化しているが、いやなかなかに呑気なものである。過去 10 年間、習近平はこの歴史的瞬間を「百年の大激変」という、意図的なフレーズで表現するようになった。これは 1872 年の「三千年来の大激変」を彷彿とさせるが、1 つ違いがある。むしろ真逆である。習近平が考えているのは、欧米の弱み(政治の分断や経済の停滞など)をうまく利用し、中国がテクノロジーや権力で世界の上に立つチャンスであるということである。