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北京の南側にある、中国で最も有名な自動車工場、ハイパーファクトリー( Hyperfactory )を訪れた。サッカー場 100 面分もの広さを誇るこの工場は、わずか 14 カ月で完成した。この工場を所有するシャオミ( Xiaomi )は、元々はスマートフォンや電動歯ブラシ、フライパンなどの家庭用品の販売で名を馳せたが、自動車産業にも参入している。
ロビーでは、中国各地から訪れた視察団がハンマーと鎌が描かれた旗(訳者注:共産党旗のこと。ハンマーは労働者、鎌は農民を象徴している)を広げて記念写真を撮っていた。その奥では、スターバックスのカウンターが賑わっていた。ワイヤーで頭上に吊るされたスポーツカーは、まるでメビウスの輪を猛スピードで走っているかのようなポーズで静止しており、終わりなき改善を続ける決意を想起させるためのものだった。
ガイドに案内されてゴルフカートに乗り込むと、広大な敷地へと連れて行かれた。作業員の姿はほとんど見えず、まるで祝日かと思うほどだった。ここでは車は約 700 台のロボットによって組み立てられる。各ロボットは太いワイヤーの束で制御され、複雑で一糸乱れぬ隊列を組んで密集している。新しい部品は 127 台の自動運転カートに乗って運ばれる。進路に迷い込んだ者がいれば、それらのカートは「道をあけて!( Make way! )」と電子音で警告する。会社側によると、76 秒に 1 台のペースで完成車がラインから送り出されるという。
視察ツアーの最後に、サーキットに案内された。鮮やかな黄色のシャオミ SU7 ウルトラ( Xiaomi SU7 Ultra )に乗ってドライバーが待っていた。私は助手席に乗り込んだ。彼は微笑んで「 3、2、1 」と言ってアクセルペダルを踏み込んだ。私はドライバーが何をしようとしているのかを理解していなかった。それが間違いだった。車は凄まじい加速で飛び出した。ジェット機並みの加速度に思われた。後で知ったのだが、SU7 ウルトラ は 1,548 馬力で、0 から時速 60 マイルまで 2 秒未満で加速する。フェラーリよりも速い。私はシートに押し付けられ、胸に吐き気がこみ上げてきた。カーブを曲がり、直線に突入する間、私は地平線を見つめながら、自分の生命保険がちゃんと有効かどうか不安になった。ドライバーはもう 1 周しようと誘った。私は断った。
この工場が北京の高級ホテル街からほど近い場所に建設されたのは、決して偶然ではない。郊外ではないので、外国人観光客や、抽選で幸運にも訪問権を得た中国人にとって、ここは魅力的である。多くの旅行会社が、中国で最も印象的な工業地帯を巡る「テクノロジーツアー( tech tours )を企画する。「世界最速の列車( the world’s fastest train )」と謳う列車に乗車したり、AI や通信機能を搭載したメガネ型ウェアラブルデバイスを体験したり、コーヒーを飲みながらドローンがラテを運んでくる様子を眺めたりできるサービスを提供している。多くの欧米のインフルエンサー、投資家、評論家たちは、美しい橋や駅などの巨大インフラの規模や効率性に圧倒され、画像を次々と投稿しまくっている。「インフラ・ポルノ( infrastructure porn:機能美や巨大建造物に魅了されて興奮すること)」や「チャイナマクシング( Chinamaxxing:中国の発展スピードや効率性、生活の利便性を限界まで最適化された社会と捉え、そのライフスタイルや社会システムを全肯定・傾倒していく姿勢やミーム)」という現象が見られる。とはいえ、彼らの認識は、中国共産党の執拗なマーケティングとプロパガンダの影響を大きく受けている。私が見学したハイパーファクトリーは、見学した日の午後にはロボットが調整中という理由で稼働していなかった。案内してくれたガイドは 700 トンのダイカストマシンや、鋳造品がわずかにでも規格から外れていないかを検査する高速 X 線検査システムなどが稼働するところを見せてくれた。一瞬も休むことなく精力的に説明をし続けていた。いささか誇大宣伝が過ぎると思うところもあるわけだが、自慢したくなるほどの実力があるのも事実である。先日、フォードの CEO であるジム・ファーリー( Jim Farley )が中国の自動車工場を訪れた。中国の自動車産業の進歩を「これまで見た中で最も畏敬の念を抱かせるもの」と評した。
中国共産党指導部は、未来へ向かって加速することでしか、近年の過ちを帳消しにできないと信じているようである。中国全土、どの都市に行っても「爛尾楼( lanweilou:尻尾が腐った建物の意)」と呼ばれる建物が点在している。開発業者が資金難に陥ったために未完成で骨組みだけの状態で放置されたタワーマンションやコンドミニアムである。長年にわたり、地方自治体がインフラ整備の資金源となり、成長を促進してきた。昇進につながるという理由で、過剰な建設を奨励してきた。また、開発業者はマンションなどが完成する前から一般向けに販売していた。しかし、2021 年に不動産市場が崩壊し始め、最終的には新築物件の販売が半減し、推定で 9,000 万戸の空き家が中国国内に残った。これはロシアの全人口を収容できる数である。多くの開発業者が破綻し尻尾が腐った建物の多くが放置されたが、購入者の中には根性のある者が僅かにいて、そこで何とか生活している。実に涙ぐましい。未完成のコンクリートの骨組みの中に移り住み、持ち込んだ石炭コンロで料理をし、必要な水は階段で運んでいる。
現在、中国経済には矛盾が存在している。不動産バブル崩壊の残骸が未処理である一方で、新技術で勃興したいくつかの企業は隆盛を誇っている。大学卒業生のほとんどが典型的なホワイトカラー職のための訓練を受けたきたのだが、労働市場に加わるためにはハイテク製造業に進むしかほぼ道がない。政府が統計の算出方法を変更する前は、若年失業率は 21% を超えていた。スタンフォード大学とハーバード大学の研究者らが昨年発表した中国での世論調査は、現地の意識を深く掘り下げた稀有な研究であった。「楽観主義から悲観主義への顕著な転換」が見られたという。生活水準の向上を期待する市民の割合は約 28% にまで低下し、今世紀初頭の約半分となっている。影響力のある作家である許知遠( Xu Zhiyuan )は、「極めて混乱した時代」が到来したと指摘する。経済不況、国際地政学の不確実性、AI の巨大な影響によって混乱しているという。昨年の秋、政府の検閲当局は、ネット上で過度に悲観的な感情を示す内容に対する取り締まりキャンペーンを開始した。「努力しても無駄だ」といったコメントも取り締まり対象に含まれる。
北京で以前住んでいた家にふらりと立ち寄ってみたことがあるのだが、玄関のドアが開いたままになっていて驚いた。家の中は空っぽだったが、いろんな者がひっきりなしに出入りしていた。偶然にも、私が到着した時には、複数の不動産業者が写真を撮っていた。入居者を見つけて手数料を得たいのだろう。2 ベッドルームの賃貸物件を巡って、これほど多くの業者が競い合っていることに衝撃を受けた。これは、中国の不動産業界に蔓延する激しい競争を象徴する光景だった。
灰色のウィンドブレーカーを着た若い男性が、スクーターのヘルメットを手に持って私に近づいてきた。私が物件を探している客でないと知って残念がった。彼はいろいろと話しかけてきた。真摯で丁寧な英語を話した。めったに使う機会のない言語を一生懸命学んだ人特有の作法だった。彼はジョン( John )と名乗り、話の合間に英語の格言を散りばめた。仕事の調子を尋ねると、彼は「大変だけど、物事には必ず両面があるからね( every coin has two sides )」と答えた。
彼は仕事の困難さを率直に語った。実際、彼はここ 4 カ月間で一銭の手数料も得ていないという。多くの不動産業者が破産している。「儲かっているのは 20% にも満たない」と彼は言う。ジョンは 47 歳で離婚しており、娘は大学生である。父親と姉が彼の食費を援助している。「この歳でこんなことになるなんて最悪である」と彼は言った。「また結婚したいけど、かなり難しい」。何人かとデートはしたが、いずれもうまくいかなかった。「お金が足りないのが理由の 1 つだと思う」と彼は言う。「もし私が大富豪だったら、みんな私と連絡を取りたがるだろう」。彼にはなんとか頑張って欲しいと思う。私は彼が心の優しい人に見えると言った。ジョンは微笑んで背筋を伸ばした。彼はまた別の格言を口にした。「人生は楽ではないが、明日何が起こるかは誰にもわからない( Life is not easy, but we don’t know what will happen tomorrow )」。