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1978 年に鄧小平が中国を改革の道へと導いていたまさにその時、将来有望な科学者、饒毅( Yi Rao:イー・ラオ)が大学に入学した。当時の中国の科学研究は資金不足に悩まされており、大学の研究室では、ピペットの先端につける使い捨てのプラスチックチップさえ入手困難だった。しかし、饒毅にはアメリカにいる中国人科学者の知り合いがたくさんいた。彼らに頼んでゴミ箱の中のチップを拾い集めて中国に送ってもらった。「それを何度も使った」と饒毅は語る。
当時、中国の指導者たちは、科学の分野で先進国に「追いつき、追い越す」ことを決意していた。人材、資金、インフラの 3 つが何よりも重要であると認識した。人材育成のため、彼らは多くの学生を海外に送り出し、10 年でアメリカに留学する中国人学生の数は 10 倍になった。1985 年に神経科学を学ぶためにサンフランシスコに渡った饒毅は、「アメリカ普通の家のキッチンカウンターの方が、中国のどんな研究室の作業台よりも良い素材でできていた」と述べる。「自分が中国に戻ることはないだろうと感じた」。
しかし、2000 年代半ば、彼がノースウェスタン大学の教授だった頃、北京大学生命科学学院の学部長職のオファーを受けた。中国政府は愛国心に訴えかけた。中国の科学の発展に貢献してほしいと多くの科学者に声をかけた。饒毅は応じたわけだが、実はそれほど期待はしていなかった。当時の北京大学生命科学学院には一流の国際的な学術誌に論文を発表した者はいなかったと彼は回想する。多くの教授が資格の低い友人や弟子に職を与えていた。学位の偽装や論文やレポートにおけるデータの捏造、改ざん、盗用など学術不正が横行していた。中国のバイオテック企業は、安価なジェネリック医薬品を生産する能力しかなかった。
饒毅が学長に就任すると、植物学と動物学の必修科目を遺伝学と分子生物学に置き換えた。ターニングポイントとなったのは 2015 年である。中国政府が国際基準を満たすために医薬品安全法の見直しを実施した。これにより、中国の多くのバイオテクノロジー企業が高額な海外契約を獲得できるようになったのである。潤沢な研究資金と 15 万ドルを超えることもある契約一時金に惹かれ、多くの優秀な研究者が中国に戻り始めた。
その後、中国はアメリカとの緊張状態に陥った。2018 年にトランプ大統領は貿易戦争を仕掛け、司法省はスパイ活動や貿易窃盗を根絶するための「中国イニシアチブ( China Initiative )」を立ち上げた。それで 100 人以上の中国系の研究者が標的にされた。中国人以外の外国人や市井のアメリカ人には十分に理解されていなかった方法で、トランプは中国国内の政治論争の勢力バランスを一変させた。民間部門が台頭した。影響力のある億万長者のジャック・マー( Jack Ma:馬雲)は中国の大学教育は過大評価されていると主張した。「彼は基本的に、中国の知識人は何も生み出さないと言っていた」と饒毅は語る。「中国経済は西側諸国を模倣することでうまくいっているのだから、なぜ独創的な研究に多額の資金を投入する必要があるのか、というのがジャック・マーの指摘である。しかし、トランプが大統領になって、そうした側面は完全に崩壊した」。2020 年に中国共産党中央委員会は「科学技術の自立自強( scientific and technological self-reliance )」を最優先目標に掲げた。そして昨年には、探索的な基礎研究への資金投入額が、国の研究開発費予算の過去最高となる 7% に達した。
この効果は驚くべきものだった。2024 年に中国は臨床試験の数でアメリカを上回った。中国では被験者の募集にかかる時間が半分以下で済む。また、試験費用は推定でアメリカより 40% も少ない。その年の秋、中国企業アケソ( Akeso )の開発中のがん治療薬が、世界的なゴールドスタンダード(標準治療薬)であるアメリカ製薬企業大手メルク( Merck )のキイトルーダ( Keytruda )よりも優れた治療効果を示した。
今年初めにトランプ政権がアメリカの連邦政府および学術機関の科学研究への資金を削減した後、中国政府は科学技術への資金をさらに 10% 増額すると発表した。他者からどれだけ頻繁に引用されたかを基準とした場合、中国は、影響力のある研究論文の発表数において、アメリカと EU の双方を追い抜いた。現在、中国のバイオテクノロジー企業は、世界の新薬候補のほぼ 3 分の 1 を生み出している。アメリカとほぼ同数である。「連邦政府首脳は、バイオテクノロジーが次の EV になることを心配している」と、あるアメリカ製薬企業大手の経営幹部の 1 人は語った。「我々は、素晴らしい才能を持つ多くの研究者を中国に追い返してしまった。中国製薬大手の研究者の顔ぶれを見ると、ほとんどが欧米の製薬大手で働いていたか、アメリカの大学で研究チームを率いていた」。
プリンストン大学、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学の研究者による報告書によると、2010 年から 2021 年の間にアメリカを離れた中国系研究者は約 2 万人に上る。この流出現象を研究してきたカナダ人学者デイビッド・ツヴァイク( David Zweig )は、2018 年に広州市に設立された研究機関である西湖大学( Westlake University )について、「アメリカ等からの帰国者によって新たに設立された研究室が約 100 ある。研究者の 8 割ほどがアメリカからの帰国者である」と語る。そして、「彼らがアメリカを出た理由は第一に疎外感を感じたことにある。また、賃金の問題もあった」と付け加える。
私は先日、饒毅を訪ねた。湖を見下ろす学術複合施設の最上階にある角部屋のオフィスで彼に会った。彼は学生研究者が利用できる世界一流の設備が揃った研究室を見せてくれた。「彼らに、自分たちがどれほど恵まれた環境に身を置いているかを伝え続けなければならない」と彼は言う。
私は彼にトランプ政権による科学予算削減の影響について尋ねた。「実に愚かなことだ」と彼は言う。「発明は突然降って湧いてくるものではない」。彼は例を挙げた。もしアメリカががん研究への資金提供を削減すれば、「中国がアメリカに先んじてがんワクチン開発に成功するのは当然の成り行きである」。
彼は、中国の科学技術が抱える根深い問題について率直に語る。例えば、中国は商用ジェットエンジン( commercial jet engines )や最高性能マイクロチップ( highest-performing microchips )に必要な超精密製造( ultra-precise manufacturing )技術を未だに習得していない。また、中国の生物学論文の 30% を「クズ( garbage )」と一蹴し、さらに 50% は「ゼロから 1 」の画期的な発見ではなく、既存の発見を少しずつ積み重ねた漸増的な成果を表しているにすぎないという。現時点では、中国は主に「 2 から 100 」の進歩において優れているが、その水準はいずれ向上するだろうと彼は予測する。中国ががん治療薬の開発地として知られるようになれば、状況は根本的に変わるだろう。「現在の世界秩序は、主にヨーロッパからアメリカに来た天才たちによって築かれた」と彼は語る。「もしトランプがその秩序を効果的に維持していたら、中国が伍して競争するのは非常に困難だっただろう。トランプは非常に効率的に中国を助けてくれている」。